Vol.22 長野県高山村高山村を世界に羽ばたく
ワイン産地に

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(株)信州たかやまワイナリー 代表取締役 涌井一秋さん 醸造責任者 鷹野永一さん

 近年、村を挙げて取り組んでいる高山村産ワイン用ブドウ栽培。昨年10月にオープンした信州たかやまワイナリーは、ワインに人生と情熱をささげるメンバーたちが実現させた一つの「夢」と「ロマン」の集大成でもある。ぶどう栽培からワイン造り、ゆくゆくは醸造家の育成なども行い、高山村ブランドとして世界に羽ばたくワイン産地を目指している。

 水はけの良い扇状地に広がる高山村は昔から果樹生産地帯として知られ、美味しいぶどうやりんごを栽培してきた。フランスのブルゴーニュ地方やシャンパーニュ地方にも似た気候で、標高400mから800mまで異なる気候のもと栽培されるワイン用ブドウは、品種も作り手も十人十色。そのぶどうから醸造されるワインもバリエーション豊かな個性を持つ。

 昨年オープンした信州たかやまワイナリーの代表取締役を務める涌井さんは、生まれも育ちも高山村。会社勤めをして28年が過ぎた頃、ワイン用ブドウ栽培の話が飛び込んできた。もともとワインをはじめアルコール好き。「自分で育てたぶどうで造ったワインを飲みたい」。そう考えた涌井さんは、妻からの「これからは好きなことをして生きたら」との後押しもあり、「清水の舞台から飛び降りる気持ち」でワイン用ブドウ栽培を始めた。

 ぶどうを作り始めて3年目の2007年、44歳で脱サラして農業に専念。自分たちのワイナリーを作ろうと、生産者ら12人が株主となって資金を出し合い完成したのが信州たかやまワイナリーだ。「ここは昔から美味しいワインブドウが採れていた場所。ワインの美味しさは、8〜9割方ぶどうの美味しさで決まります。12人の生産者が作るぶどうは味わいも異なるので、それをブレンドして複雑な味わいのワインが生まれるのです」。

 このワイナリーのプロジェクトに飛び込んだのが、醸造責任者を務める鷹野永一さんだ。山梨生まれで、大学卒業後、ワインなどを手掛ける大手酒造メーカーに就職。ワインの生産現場を希望したものの、最初は情報システムの部署に配属された。「石の上にも3年」の気持ちで7年が過ぎ、30歳になった頃、念願だったワイン造りの現場へ。「とにかく無我夢中で、現場から必要な人間と思われるよう努力しました」と鷹野さんは振り返る。

 30歳から始めたワイン造り。その品質を高めるため、改善に改善を重ね、寝食を忘れるほどワイン造りにのめり込んだ。次第に、会社の先輩であり、ワイン造りのカリスマでもある師匠の教えであった、「日本のワインの存在意義を今後、打ち出すためには世界のワイン産地の地図に載せてもらう必要がある」との思いをどう実現できるか考えるようになる。そのための「ワイン産地づくり」というものに興味を持ち始め、この先、独立も視野に入れて、候補となる産地を見て廻った。北海道まで足を運んだが、ピンと来ず、「感覚的な人間」である鷹野さんが一歩を踏み出すにいたらなかった。そんな折、1本の電話がかかってくる。「一度、村長に会ってほしい」という高山村役場からだった。

 3年前、ワイナリーのプロジェクトが立ち上がった時、検討委員会が結成され、有識者なども募って今後の方向性について議論を重ねてきた。ワイナリーは村を挙げての一大プロジェクト。だがメンバーは栽培一辺倒の生産者ばかりで、醸造できる人間がいなかった。そこで白羽の矢が立ったのが鷹野さんだった。そして、2015年、全国でも珍しいワイン振興のための特定任期付き職員として村役場に採用された後、信州たかやまワイナリーの醸造責任者に就いた。

 偶然のようでいて、村との出会いは必然でもある。20年前、初めてシャルドネが植えられ、ワイン用ブドウ栽培が始まった頃から、高山村産のぶどうを見てきた。2007年、高山村ワインぶどう研究会がフランスのボルドーへ視察に訪れた際、一行を迎え入れたのも、当時、現地に駐在していた鷹野さんだ。「振り返ると、要所要所で現在につながるポイントの高い出会いがありました。きっと村に呼ばれていたんでしょうね」。醸造家という、ワイン造りにおいて肝心な最後のピースが埋まることで、ようやくプロジェクトが動き出した。

 ワイン産地づくりに必要なのは「良いぶどう、良い造り手、良い飲み手」。高山村のワイン用ブドウは、国内外のワインコンクールでも入賞するなど評価が高く、ブランド化に向けて盛り上がっている。「高山村のぶどうが認められてきたのは大きな励み。やっとスタート地点に立てた気持ちです」と涌井さん。

 そして、「良い飲み手」を意識して造られたのがテーブルワインのNaćho(なっちょ)」。長野県北部の方言で「どう?」というニュアンスの言葉で「今夜一杯、一緒にどう?」。そんな風に人と人がつながり、気軽に楽しんでもらえるワインとして販売された。「ワイン産地の条件である『良い飲み手』は、ワインをあたたかくも厳しく見守る人のことを言います。高級な価格ではお土産用に買っても自分では飲めない。もっと日常的にワインを楽しむ地域になってくれたらいいな、というのがコンセプトです」と鷹野さん。ワインが造られる背景や生産者の思いをわかってほしい、との思いからネット販売などは行わず、東京では虎ノ門にある「カーヴ・ド・リラックス」など、造り手の思いをくんで販売してくれる専門店に限っている。年間10軒、取引先を増やしていきたい計画はあるが、まず高山村に足を運んでもらい、村のことを知ったうえで信頼関係のもと扱ってほしい、という思いがあるからだ。

 ワイン産地を形成するうえで必要なインフラの整備にも力を注ぐ。フランスでは当たり前のように行われている、ICTを取り入れた気象観測装置によるぶどう畑の生育調査なども行い、データを活用した先進的な技術研究にも取り組んでいる。

 目指すのは「世界に羽ばたくワイン」。ワインの本場であるヨーロッパを目指し、世界の舞台に立つことを目標としている。「まずは多くの人に村を訪れてほしいですね。ここにはワインもあれば温泉もある。ワイナリーも8軒あれば、観光のひとつとしてワイン・ツーリズムを打ち出せます」と涌井さん。「空き家でワインを楽しむ会、という企画も毎月行われていて、秋には『おごっそに乾杯』という、高山村のワインと食を楽しんでもらうイベントも行いました。人と人が触れあうきっかけにワインがあって、ワインを通じて人がつながっていってくれたら」と鷹野さん。

自分たちの手で育てたぶどうでワインを造りたい。その情熱から生まれたワインが海外へ向けて羽ばたく日も遠くはない。

左/「醸造できる人間を探してたどり着いたのが鷹野さんでした」と話す涌井社長(写真左)と、「村から電話がかかってきた時は、なぜ自分の連絡先が分かったのだろうと驚きました」と話す鷹野さん(写真右)。ワイナリーをバックに相合傘で。右/信州高山温泉郷観光協会 美しい村の観光案内人 湯本恵さん。手に持つのは「信州高山村ワイナリー シャルドネ 2016」。

TEXT:Hideko TAKAHASHI / PHOTO:Hiroyuki TAMURA, Akimi GOTO / ENGLISH TRANSLATION:Yuiko HOSOYA, Chika NAKANISHI / DESIGN:EXAPIECO, INC

季刊 日本で最も美しい村WEB版

インタビューは季刊「日本で最も美しい村」よりの抜粋記事です。