Vol.28 奈良県吉野町吉野発ヌーヴェルバーグ
「コンフィチュール フミ」の提案

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    「コンフィチュール フミ」の提案
コンフィチュール作家 東 史(あづま ふみ)さん

 お手伝いでかかわった友人のカフェで、即興で作ったコンフィチュールが評判を呼び、2006年、地元吉野に工房を構えて本格的に活動をスタート。今では東さんのコンフィチュールは全国に広まっている。

 周囲を吉野杉に囲まれたのどかな里山。緩やかな坂道を登った見晴らしの良い場所に、東さんの工房兼レストラン「ナラヤマソウ」はある。木をふんだんに使った古民家と、庭先に咲いた二本のしだれ桜。水車がゆっくりと水を弾く。
 「私が生まれた年に、材木業を営んでいた祖父が建てた家です。桜も同じ時期、母が植えたものなので、家と同様、私と同じ年ですね」と東さん。見事に成長したしだれ桜は、このお店の守り神のように訪問客を歓迎する。
 店内に入ると、蓄音機から流れるようなシャンソンの音楽。棚に並んだ様々な種類のコンフィチュールの瓶が目を引く。コンフィチュールとはフランス語で「ジャム」のこと。ただ、日本のジャムのように甘いものばかりでなく、本国、フランスでは野菜のコンフィチュールは調味料として使われているのが特徴。

「野菜や果物の素材を最大限に引き出すため、火加減も最低限に抑え、甘みも控え目にしています。例えば、青トマトのコンフィチュールなら、魚やチキンのソースとして、玉ねぎのコンフィチュールなら目玉焼きに添えても美味しいですよ」 レストラン「ナラヤマソウ」は、普段より「ちょっとだけ上質な」ランチを出すカフェとして営業するほか、月2回、スペシャルな「リストランテ」の日として、コラボする稲次知己シェフのフルコースが楽しめる。どのメニューにも東さんのコンフィチュールが使われているのが特徴。食材の味を引き立てるコンフィチュールが隠し味となって、お料理に深みと優しい甘みを添える。

吉野町に生まれ、材木業を営む家で育った東さん。学校卒業後は建築の世界へ。結婚後、友人のカフェの内装を手伝う形で飲食の世界へかかわったことで、転機が訪れる。お店で出すフレンチ・トーストに合わせて、リンゴとラズベリーのコンフィチュールを「即興で」作って出したところ、「美味しい。売ってほしい」とまたたく間に評判になったのだ。
 「それまで、特にジャム作りが趣味でもなく、最初はほんのお遊びで作った」というコンフィチュールは、人気が人気を呼び、地元のパン屋にも卸すようになった。この時、野菜ソムリエの資格を持っていた店主から「野菜のジャムは炊かないの?」と聞かれたことで、野菜のコンフィチュール作りへのチャレンジが始まった。
 「思い立ったら即行動」の東さんは、その帰り道、スーパーで片っ端から野菜を買い占め、20数種類のコンフィチュール作りに挑戦した。ニンジン、玉ねぎ、ブロッコリー。「まるで、実験のように試作を繰り返しました。すべての原動力は『これを炊いたらどうなるんだろう?』という純粋な好奇心ですね」と笑う。
 その後も勢いは止まらず、ある外食チェーンが募集していた、「パフェに使う野菜ジャム」コンテストへ応募、見事入賞する。「トマトとニンジン、二種類を出したところ、トマトジャムが採用されて。ある日、担当の方から電話がかかってきて、『トマトジャムを1トン、炊けますか?』と。そんなに大量はさすがに無理です、と断ったのですが、それでもひと夏で、100キロのトマトジャムを炊きました」というからプロも顔負けの根性だ。

それ以降、講師の依頼や商品開発の仕事が舞い込むようになり、コンフィチュール作家として独立。物語はまるでサクセスストーリーのごとく華やかだが、その陰には、地道にコツコツと続ける「職人気質」と「丁寧な仕事」があってこそ。果物や野菜は奈良産、国産にこだわり、農家が大切に育てたものを、その個性を最大限、引き出す形で使う。カットの仕方、素材の組み合わせ方、火加減や煮込み時間まで統一したレシピはなく、その時々の素材と、「その時々の気分で」変えるというこだわりよう。
東さんがコンフィチュールを炊く作業場は、もともとお風呂場だった場所を改装したもの。ここから日々、何十、何百種類もの試作が生まれ、一年を通じて百種類ほどのコンフィチュールが作られる。一気に大量に作るのではなく、小鍋で少しずつ、それを何度も繰り返すのが東さんのスタイル。
工房兼レストランであるナラヤマソウでは、自ら接客もこなすかたわら、コンフィチュールの使い方や食べ方について、できるだけ自分の口で説明する。
「商品を並べているだけではダメで、お客様とコミュニケーションを取ることで、興味を持ってくれます。一度、買ってくれた方がまたリピートしてくれたり、今度は、他のお客様に口コミで伝えてくれることも。それが嬉しくて」

 吉野山で有名なこの地を支えてきた吉野杉、吉野桧など、地域の産業についても積極的に説明するのは、コンフィチュール同様、吉野の魅力を一人でも多くの方に知ってもらいたいから。
 レストランで働くのは吉野町で暮らす女性たち。地域おこし協力隊の女性も2名、お手伝いに加わっている。「この町は旅館や材木業など、どうしてもお仕事が限られてしまうので、『ちょっと働きたいな』と思う人にとって、この店が吉野町の雇用を生み出す場のひとつになれたらと思っています。私自身も地元の女性たちと一緒に働けるのが嬉しいので」とは、同じ女性ならではの心強い発言。
 この先の試みとして、「店のお庭でハーブを育て、ハーブティーとコンフィチュールのマリアージュなどにも挑戦してみたいですね」。東さんの頭の中では、既に次なる「実験」に向けて計画が動き始めているようだ。

TEXT:Hideko TAKAHASHI / PHOTO:Hiroyuki TAMURA, Akimi GOTO / ENGLISH TRANSLATION:Yuiko HOSOYA, Chika NAKANISHI / DESIGN:EXAPIECO, INC

季刊 日本で最も美しい村WEB版

インタビューは季刊「日本で最も美しい村」よりの抜粋記事です。