Vol.24 長崎県小値賀町活版印刷で小値賀を世界に発信する

  1. HOME
  2. 季刊 日本で最も美しい村 WEB
  3. 活版印刷で小値賀を世界に発信する
OJIKAPPAN 横山桃子さん

県外の大学でデザインを学び、いったん東京で就職した後、2011年に小値賀島にUターン。代々続く家業である活版の世界に飛び込んだ。念願だった自身の工房もオープンし、新しい活版印刷の形を提案しながら、小値賀島の魅力を世界に発信していく。

 

築200年の味わいあふれる古民家。ここが、桃子さんの自宅兼100年の歴史を持つ印刷所「晋弘舎」だ。一歩足を踏み入れると、壁一面にぎっしりと並んだ、重く、鈍い輝きを放つ鉛に圧倒される。近づいてみると、漢字の部首ごと、そして書体の大きさごとに一文字ずつ陳列されている。活版印刷に欠かせない「活字」だ。

大学に入るまで、活版印刷は家業であり、特別な関心はなかった。それが、大学でデザインを学ぶうち、デザインと印刷は密接なつながりがあること、印刷の原点は「活版」であり、世界中で失われつつある技術であることを知る。

「それまで当たり前だった活版が、自分にとって違うものに見え始めました。活版の魅力は印刷物に表情があること。インクの乗りや圧力のかけ方で表情が変わり、平坦ではないところです」

桃子さんはその魅力にのめりこんでいった。そして迎えた就職活動。大学時代の恩師の一言が桃子さんの心に刺さった。

「今の時代、東京だけがすべてではない。小値賀がそんなに好きなら故郷で仕事をする道もある」。それまで、島を出て働くことがよしとされてきた価値観がその言葉で180度変わった。

それからは、具体的に小値賀島での事業計画書を作って親に真剣な気持ちを伝えるも、返事は「NO」。「戻るなら、社会経験をしてから。一度、東京に行ってきなさい」と説得された。

「活版の衰退を見てきた親からすると、島では食べていけない、との親心だったのだと思います」と桃子さんは振り返る。

卒業後は1年間、東京に出てデザイナーとして働いた。たくさんの人とモノであふれ、あらゆるスピードが速く、経済の中心である東京。「東京で活版に関わる人とつながれたことも大きな収穫でした。今もその人脈は生きています」

東日本大震災を機に島に戻って7年。父と母のもと、6年間、活版とデザインに関わってきた。活字を拾って「版」を作る作業で、活字が崩れてしまったり、文字を反対に組んでしまったりと大変なことも多い。だけど「一文字一文字、活字を組んで時間をかけて出来上がる、その工程が魅力」と感じている。ちなみに、父は、役場の封筒や書類、船の切符の印刷など島内の仕事、桃子さんは島外の仕事と、それぞれの役割をもつ。

活版で名刺を作る仕事は、桃子さんの代から始めた。名刺は一人ひとりに合わせて「版」を作るため、手間がかかる。若い女性や、デザイナー、クリエイティブの仕事に携わる人からのオーダーが多く、ホームページを見た人や工房に見学に来た人がその場で注文していく。「活版は単なる『印刷』でなく、お洒落な『雑貨』として打ち出していくのが今の時代の流れですね」と桃子さん。

2代目の祖父は、「活版は文化事業だ。活版には色気がある」と常々、口にしていた。活版は、凸面にインクを乗せて圧をかけて印刷するため、出来上がった印刷面を手で触れると、凹凸が感じられる。活版が近年、再び脚光を浴びたのはその「凹凸感」にある、と桃子さんは思いながらも、「活版の本質」について自分なりに考えている。

活版の「活」は「イキル」とも読む。イキルとは、そこに留まらず絶えず動いているもの。活版印刷では、活字を拾って「版」を組んで印刷し、終わると「解版」といって、また使った活字を棚に1個1個戻してゆくが、そこには常に「動き」が伴う。桃子さんの考える活版の本質はつまり、「文字が動いていること」だ。

今年、作業場内に自身の工房をオープンし、念願だったドイツのハイデルベルグ社製の印刷機を入れた。この印刷機の製造は終わっておりレストア機だ。何台もの中古の機械から使える部品を組み合わせ、1台のハイデルベルグを組み立てていく。福岡の会社から購入した。

ドイツの鉄は質が良くて硬く、重厚感がある。どっしりと硬派なシルエットも魅力で、桃子さんいわく「鉄が活きている世界」。

屋号は「OJIKAPPAN」と名付けた。大好きな小値賀と活版を組み合わせた造語。桃子さんの願いは、活版をきっかけに小値賀の魅力を世界に発信することだ。

「発信だけなら、SNSがあればできますが、それだけではなく、こんな小さな島で、廃れつつある活版印刷を使って、たくさんの人にその印刷・文化的な側面の魅力を伝えたい。『小さくとも諦めない』という姿勢から、何かしらの希望を感じてもらえたら」

そこには「大きくなることだけがすべてではない」という、桃子さん流の挑戦。哲学ならぬ鉄学も見え隠れする。

子どもの頃から父は「こげんよか島、どこにもなか!」というのが口ぐせだった。小値賀の魅力は何より「ひと」だと思っている。「皆で助け合い、寄り添いながら生きている。いま、こうして好きな島で好きな仕事ができて幸せです」

目下の目標は、活版体験ができるプログラムを作り、「古民家ステイ」と組み合わせて小値賀での楽しみ方を提案していくこと。

「活版の流れと小値賀の流れはどちらも『スロー』という点で似ています。今後は人を雇い、育てていく。経営者としての戦略、そして成長も目標です」

田舎の仕事は、田舎があってこそ存在する。いつも小値賀のことを考えながら仕事をしていれば、この先も自然と小値賀は生き残っていく。そう桃子さんは信じている。

TEXT:Hideko TAKAHASHI / PHOTO:Hiroyuki TAMURA, Akimi GOTO / ENGLISH TRANSLATION:Yuiko HOSOYA, Chika NAKANISHI / DESIGN:EXAPIECO, INC