Vol.16 山形県飯豊町古民家に、地域に、新しい風を注ぐ
福岡からの異端児

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坂本旬さん・洋子さん

飯豊町に引っ越してきて約1年半が経つ、九州は福岡生まれの坂本さんご夫妻。共通の趣味である歴史の勉強が高じて、縄文のルーツとも言える東北地方に魅せられるようになり、移住を決意。紆余曲折を経て、いくつかの候補地の中から飯豊を移住先に選んだ理由とは? 築160年を超える古民家でお話を聞いた。

坂本さんご夫妻の、飯豊町へ移住するまでのストーリーは、なかなかエキサイティングでユニークだ。当初、九州からダイレクトに東北への移住を希望したものの、いい物件が見つからず、一度は島根に根を下ろした。今から約5年前のことだ。「島根の家は、とある企業が手掛けていた地域再生プロジェクトのサイトを見て連絡したのがきっかけ。空き家を10軒ほど見て回って、最終的に、佐太神社のそばにある家を借りることになったんです」と旬さん。3年半暮らした島根でも、東北熱は依然として変わらず、インターネットを駆使して、コツコツと家さがしを続けていた。


現在の住まいを見つけたのも最初はインターネットを通して。中津川でも珍しくなった茅葺屋根で、家の中に農耕馬の厩舎をもつ「曲屋(まがりや)」が特徴の古民家を見て、ひとめぼれした。旬さんは、「野生の勘がピンと働いて」、ここだ!と即決。すぐに手紙を書き、古民家を管理していた町役場と交渉を始めた。

この古民家、もともとは、地区でも有数の名家が所有していた家で、町役場が寄贈を受けて、管理している物件だった。坂本さんご夫妻が暮らす前は、年に数回、イベントで使われる程度だったが、維持管理していくには、町としても誰かに住んでもらった方が、風通し良く維持できる。さらに移住者となれば、地域にも新しい「風」が入る。必要な補修は入居者の負担ということで、無償で借り受けることに成功した。

「私たちが住むようになってから、以前を知る人から『家の雰囲気が良くなった。家としての機能が復活した』と言われるのが嬉しいですね。屋根の茅の状態も良くなったと言われるんですよ」と妻の洋子さんはほほ笑む。

窓や扉を開け放した、開放感あふれる家の中を、5月の爽やかな風が通りぬけ、池からはカエルの元気な合唱が聞こえてくる。家の軒先では、ツバメがせっせと巣作りをしている。最新式のパソコンが並びジャズが流れるモダンな空間と、生命力あふれる豊かな自然。まさに現代のソローをゆく「森の生活」がここにある。

家の補修は、旬さんいわく「リフォームというよりも、限りなく当時の様子を活かした、『復元』の作業に近いもの。島根で学んだことは、いかに崩さずに、新しくしていくか。昔の時代に戻ることが大事なのではなく、現代の便利なものを取り入れながらいかに、うまく共存していくかが大事なんじゃないかな」。

ちなみに、旬さんの仕事は、染めもの職人で、洋子さんはデザイン関係の仕事をしている。ともにパソコンがあれば、住む場所を選ばない仕事だ。「移住に際しては、まずは、光(ファイバー)が通っているか確認したほど、インターネット環境は重要。それさえクリアできれば僕たちのような仕事をしている人は、どこに住んでいても仕事は出来ますから」。

飯豊町に移り住んで1年半。今では洋子さんもすっかり集落の女性たちに馴染み、可愛がられている。「朝9時に電話が鳴って『白菜あげるから、今から来なさいよ』と声がかかっていくと、おしゃべりに花が咲いて3時間経っていたり。 朝、集落の集金にまわっても、行く先々でお茶を出されて、家にたどり着くと、夕方だったりということもザラです」と笑う。

「昔の話をいろいろとしてくれるのですが、結婚式では、道中のようにお嫁さんは高下駄を履いて歩き、玄関先では料理人に背負われて、敷居をまたがずにお座敷に入る、という風習があったそうです。私たちが結婚式をやっていないことを話すと、『この家で結婚式したら』と言ってくれたり…。当時を再現したお式がこの家で出来たら、きっと盛り上がるでしょうね」。

夫婦そろって歴史や土地の風習に強い関心を持っているので、そうした話を喜んでしてくれるお年寄りの存在は、夫妻の学習意欲にますます火をつけてくれているようだ。

アメリカで暮らした経験もある旬さんが日本に戻ってきたのは、9.11のテロがきっかけだった。「それまで個展の度にビジネスホテル住まいで、地に足がついていない感があった。自分にとっての『終の棲家』を見つけたい気持ちも正直あって、この家がその定住の地になると感じている。この家も『買う!』と宣言しちゃったしね」。

坂本さんご夫妻にとって、「最も美しい村飯豊」に住みながら感じる「美しい」シーンはどんな風景だろうか?

「昨日も、日本カモシカの子どもが二頭、家の裏で追いかけっこしていて。そんなシーンが美しいよね。家にツバメやツグミ、キツツキなどが飛んできて、そんな何気ない日常で、生き物たちに囲まれている瞬間に、しあわせを感じるかな」(旬さん)。

「春夏秋冬、それぞれに美しいですよね。今なら、新緑が香る芽吹きの季節は力強い生命力を感じますし、紅葉の時期になれば赤や黄色に染まった風景が、冬になれば、真っ白に閉ざされた世界もまた新鮮な魅力です」(洋子さん)。

TEXT: Hideko TAKAHASHI / PHOTO: Hiroyuki TAMURA & Akimi GOTO / ENGLISH TRANSLATION: Yuiko HOSOYA & Chika NAKANISHI / DESIGN: EXAPIECO INC.