Vol.08 長野県中川村人生をかけて、蜂と喜怒哀楽を分かち合う
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家族のことはほったらかし。一本気で豪快なアイデアマンの蜂追い人生65年。その情熱は蜂の世界の常識を覆し、全国の学者たちを度肝に抜いた。日本を代表する蜂研究家、富永朝和。御年75才。ユーモアと人間味にあふれる富永博士は、今や日本中で愛されている。
軽トラを運転し、村内に点在するニホンミツバチの巣をパトロール。75才にしてまだまだ現役。富永朝和さんの蜂人生の始まりは小学3年生の頃、父親の蜂追いについて行ったことがきっかけだった。目印となる綿をつけたカエルの肉を餌に、クロスズメバチをおびき寄せ、その後を追いかけて巣を探し出す。
「巣を見つけたときは、もううれしくて。お父さんのところに飛んでいって、『見つけたよ!』と言ったらほめてくれてね。その感動はやみつきになった」
そのうちに蜂がどんどんおもしろくなり、蜂の世界の奥深さにのめり込んだ。
「家族も何もかもほったらかし。稼いだお金は全部蜂につぎ込んで、家族には銭をやらんの。26才の頃に、いよいよ親戚中が怒っちまって、親戚会議が開かれちゃってな。遠方の親戚もみんな来て、ひと晩中怒られた、怒られた。あれだけは今でも忘れんなあ。でも、怒っても無理ねえんだよな」
でも、富永さんはここでめげなかった。
「翌朝にはみんな帰っちゃう。そうすりゃあこっちのもんよ。怒られたのはそっちのけで、すぐに蜂の巣を探しに行ってね。お母ちゃんも怒りようがねえな。蜂と同じで飛んで行っちゃうんだもん」
若かりし頃と変わらない情熱で蜂と向き合い続ける富永さんは、今も家族に怒られることはしょっちゅうだ。
「いいかげん年を考えてやれと。心配するのも無理はない。でもそれを無視しとるの」 少々のことには動じない、持って生まれた肝っ玉の太さがある。
蜂の習性を知り尽くした富永さんは、蜂の世界の常識では考えられないことを次々と成し遂げてきた。普通は一つの巣には一匹の女王蜂が君臨し、二匹以上が共同生活することはできない。ところが、29匹の女王蜂の共同作業により、世界最長のハチの巣を作らせ、その後は114匹の女王蜂による世界最巨の巣づくりに成功。その表面に「ハチ」という文字まで描かせた。
「全国の学者たちはそんな馬鹿なことは絶対できないって。でも実際にできとるから、みんなびっくりしちまった」
生物学的に起こり得ないことが可能になるのは、「蜂と会話ができるから」という。会話とはいえ、言葉を交わすわけではない。蜂は喜怒哀楽を動作で示し、怒っているのか、ご機嫌なのかは羽音でわかるそうだ。
「蜂と向き合う時は、一つひとつの動作が大切。蜂の顔に指先や顔を近づけて、怒らせないように話をするの。普通の人が同じことをやれば、すぐにぼこぼこにされるけどね。おっかないという気持ちがあると、だめなんだよ。わずかなことでも蜂はわかる」
蜂に人生を捧げる富永さんが、特に力を注いできたのがニホンミツバチの養蜂だ。商業的な養蜂で用いられるのは、人間が扱いやすく、集める蜜の量が多いセイヨウミツバチがほとんど。一方、ニホンミツバチは自分たちで生きていける力を持ち、人に何かをされることは大嫌い。「下手に世話をすると、勝手なことするなと怒っちまう。自分でもっといい環境見つけてそっちでやるからってね」という。それだけに飼育は難しいが、日本の気候に適応し、気性がおとなしく、病気にかかりにくいなど、そのよさが見直されている。集める蜜の量は少ないが、その栄養価はセイヨウミツバチと比べてはるかに高い。
長年の研究により培われた養蜂技術は、高く評価され、その道の第一人者として、ニホンミツバチの養蜂に関する法律の策定にあたり、国会に呼ばれたこともある。
「おれの話を参考にして法律をつくるってことで、100人くらいの議員さんの前で、堂々としゃべらせてくれた。本当にありがたいねえ。死ぬ前のお土産みたいなもんだ」
2001年には、その技術を次の世代に伝えようと「信州ニホンミツバチの会」を設立する。「大病を患って入院して、助かるかどうかわからんというときに、ここで死んだら今までやってきた技術が絶えるのかなあと。もし退院できたら、すぐに会を立ち上げて、技術を全国の人に教えてあげたいと思った」と話す。今では北海道から沖縄まで全国に約1300人の会員を持つ大所帯となった。
そんな富永さんには一つの夢がある。それは、中川村にニホンミツバチの観光拠点をつくることだ。
「山の中にニホンミツバチのすべてがわかる大きな基地をつくりたい。この村に人が集まるような観光地をね。おれは中川村にはどうしてもこだわっちゃうんだよ」
そこにあるのは、美しく豊かな自然が残るこの村への感謝の思い。蜂をこよなく愛する富永さんは、生まれ育った村もまた、人一倍愛していた。
古民家に、地域に、新しい風を注ぐ
活版印刷で小値賀を世界に発信する
空につながっているような道を見た瞬間、
「ここだ!」と
インタビューは季刊「日本で最も美しい村」よりの抜粋記事です。