Vol.18 奈良県曽爾村ゆっくりと穏やかな時間が楽しめる
曽爾の「隠れ家」

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    曽爾の「隠れ家」
カフェねころん 前川郁子さん

 2010年に奈良市内から曾爾(そに)村へ移住した前川さん。いつかカフェをやりたいと、独身の時からあたためてきた夢をこの地で実現させた。お店がオープンしたのが2014年4月。コーヒーの香りと本、そして手作りの焼き菓子に小物たち。こだわりのつまった、穏やかな時間が流れる空間で郁子さんの「物語」を伺った。

 奈良県の東北端に位置し、三重県との境に隣接する曽爾村。奈良時代、漆生産の拠点が置かれた「漆塗り発祥の地」であり、神話や伝説など、数々の物語が残る歴史とロマンあふれる郷でもある。人口はわずか1,450人ほど。「曽爾」という地名は、古くは古事記にも登場しており、「曽」には「石」、「爾」には「丘地」の意味があり、「曽爾」とは、石礫の多い土地をいう。

 村に一歩、足を踏み入れれば、天に向かって突き刺さるかのように、岩肌あらわな鎧岳、その西側に位置する兜岳、鋸の刃のような岩が屏風状に連なる屏風岩など、迫力あふれる景観も魅力の一つ。年間で40万人が訪れるという曽爾高原は、曾爾村が2009年、「日本で最も美しい村」連合に加盟した際に登録された地域資源のひとつ。秋には一面のススキが高原を埋め尽くすように群生する。日本一夕景が美しい村として、近年では外国人観光客も多く訪れる。風に揺れ、太陽を反射して金色に輝く様は、まるで切り抜かれた一枚の絵画のよう。

 そんな曽爾高原を見晴らす鎧岳のふもとにある「カフェねころん」。この地に移住してきた郁子さんが、インターネットで調べて見つけたという築50年ほどの古民家の納屋部分をリノベーションして完成させた。まるで、陽だまりの中で、リラックスしているかのような店名は、「ねこ」好きな郁子さんと、マカロン好きなご主人、二人の好きなものをつなぎ合わせてつけたもの。曾爾村を選んだのはご主人の実家からほど近い場所であり、郁子さんの中で「村で最初のカフェをやりたい」という思いがあったから、という。

 「床を張り替えたり、壁を塗りなおす程度で大掛かりな改修はしていません。梁や柱を見ても、もうこんな家は建てられないだろうなと思うほど、随所にいい素材が使われているのが分かります。ただ、大きな地震が来たら怖いかも」と笑う。

 カフェをオープンしたのは、移住して3年が過ぎてから。その間は、お店を開きたい、という思いは胸に秘め、まず、地域の人々と信頼関係を築くことを大切にしてきた。「突然、外からやって来たよそ者が、お店をオープンさせるのではなく、地域の人々に受け入れていただいてから、はじめたいと思って」

 お店のリノベーションが終わってから、オープンまでさらに1年の歳月を要した。「建物が完成したら、今度は内装や、お店でお出しするメニューを、どうしたらいいか悩んでしまって。急いでオープンするよりは、じっくり時間をかけて一つひとつをこなしていきました」

 そんな郁子さんのこだわりが詰まった店内でいただけるのは、金沢からお取り寄せしたコーヒーなどの飲み物に、お手製のマフィンをはじめとする焼き菓子。店内のいたるところに郁子さんの愛着ある本がずらりと並ぶ。そのセレクトとボリュームは、まるでブックカフェのよう。店内に流れる音楽も耳に心地よく、ゆっくりと穏やかな時間が楽しめる曾爾の「隠れ家」だ。

ランチは予約制で、お米や野菜はできる限り曾爾産のものを使用している。「玄米をお出しするので、マクロビ?と聞かれることもあるのですが、お肉もたっぷり使います。食にこだわる人には、『玄米にお肉は合わないよ』とお叱りを受けることもあるのですが」

 営業は、金、土、日、祝日のみ。10人も入ればいっぱいになるスペースなので、基本、団体のお客様はお受けしないスタンス。「カウンターもありますが、せっかくならゆったりと過ごしていただきたいので。それを考えると7~8人が精一杯で」

 郁子さんがお店をオープンするにあたって目指したのが、この村でパートで働く女性と同じくらいの収入が得られたらいいな、という思い。「それが実現できるのも、釣り雑誌のライターとして活躍している旦那様のお陰。彼の健康には十分、注意した食事を心がけています」と茶目っ気たっぷりに話す。

 本好きな郁子さんのもう一つの夢が、このカフェで古本屋を開くこと。 「自分が買い取った本が、また、別の誰かの手に渡る。本が旅するって素敵なことですよね」

 郁子さんの思いが詰まった「カフェねころん」は、一度訪れたら、きっと、お気に入りの一軒になるはず。ゆっくりと、だが着実に、曾爾という村に根を下ろしはじめている。