伊那市高遠町

「高遠そば」は高遠藩主保科正之が無類のそば好きで、高遠のお城の慣わしである客人に対する最高のもてなし料理です。

辛味大根をおろした辛いつゆに、焼味噌を溶いて食べるそば「辛つゆそば」をこよなく愛した。正之は将軍の子として、高遠藩から山形藩を経て会津藩二十三万石の大身となるが「辛つゆそば」も正之とともに伝播しています。

山形、会津ともそば処になったのは、保科家による功績であり、特に会津では「辛つゆそば」が「高遠そば」と名を変え、現在も受け継がれています。この「高遠そば」を高遠に復活させるため、官民協働のプロジェクトとして「究極の高遠そば研究会」が発足し、平成10年に「高遠そばの会」が発足し、数百年の時を経て信州高遠に里帰りをしました。

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